【取材】なぜ牛たんは仙台名物になったのか? | 「味の牛たん喜助」に直接聞いてみた。

食と、東北と、編集長

佐藤仁

はじめに

この度、味の牛たん喜助(株式会社喜助 / 株式会社キスケフーズ)様へ取材に伺う機会をいただきました。「牛たんのルーツとは」「新たな取り組みとは」など興味深いお話をたくさん伺いました。本記事では牛たんが仙台名物になった理由について、老舗牛たん屋さんに直接聞いた話をまとめました。その歴史や背景、ルーツなどまとめておりますので、ぜひご覧ください!

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味の牛たん喜助 泉中央店さんにて

なお、本記事作成にあたり、株式会社喜助及び株式会社キスケフーズの皆様に貴重なお時間をいただき、取材を行わせていただきました。誠にありがとうございました。

『味の牛たん喜助』グループ
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東北最大の街、「仙台」の名物に迫る

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東北の最大都市である宮城県仙台市。東北では比較的温暖な気候で、都心からの交通アクセスもよし。また、「杜の都」と呼ばれるくらい自然豊かな街並みを誇る、魅力的な場所です。そんな仙台にはもちろん、名物グルメがたくさんあります。ずんだ、笹かまぼこ、仙台せりなど…様々な名物がある中で、今回注目していきたいものがこちら。

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そう、牛たんです。「仙台名物牛たん」という言葉はよく耳にするかもしれませんが、そもそもなぜ牛たんが仙台の名物なのか、いつから食べられているのかといった話はあまり耳にしないのではないでしょうか。今回はなぜ牛たんは仙台名物になったのかを、味の牛たん喜助さんに直接聞いてきました。それでは早速そのルーツに迫っていきましょう。

牛たんのルーツ

「名物」と言われると、”昔から食べられている郷土料理” “その地に馴染みある家庭料理”のようなイメージを持たれる方も少なくないと思います。実際、私の出身地である秋田県で有名な「きりたんぽ」は、家庭料理が名物化した一例です。しかし、牛たんに関しては、郷土料理や家庭料理ではなく、仙台のとある焼き鳥屋のメニューが始まりでした。

株式会社喜助 代表取締役 及び 株式会社キスケフーズ 取締役会長である大川原 潔氏が会長を務めている仙台牛たん振興会の公式ホームページにこのような記載があります。

戦後の混乱期の中、山形出身の調理師・佐野啓四郎氏が、仙台市一番町に焼き鳥屋を開業しました。

その際牛たんを日本人の口に合う料理にする為、試行錯誤を繰り返し、結果として「牛たんしお味」を考案しました。

その後、「太助」という店名で本格的にメニュー化されたのは昭和23年頃でありました。

これが仙台牛たん焼きの始まりでした。

https://sendaigyutanshinkoukai.jp/sendai-gyuutan-about/

この佐野啓四郎氏が「牛たん焼き」を生み、その後佐野氏の元で修行した職人たちが独立してお店を持つようになり、仙台に牛たん屋が増えていったようです。

牛たんが仙台名物になった経緯

名物に “なった” 訳ではなく “した”

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ではなぜ元々仙台に馴染みなかったものが、「仙台と言えば牛たん」というほど有名になったのか。これは、牛たん屋が徐々に増えたから勝手に名物になった…という訳ではないんです。実は、牛たん屋が増える中で牛たんに注目し、仙台名物に仕立てた火付け役者がいました。それが味の牛たん喜助さんだったのです。味の牛たん喜助さんは昭和50年に仙台市青葉区一番町にて開業。 その後、昭和55年に2号店である駅前店を開業しますが、この時に初めて看板に「仙台名物 牛たん」を掲げました。” 牛たん1本を丸ごと捨てずに余すことなく食べる‥これをもって1つの食文化にしよう ” そんな想いを持って牛たんを名物化しようとしたとのこと。これが、「仙台と言えば牛たん」と現代で言われる最初のきっかけとなったのです。

地元からの抵抗

それまでは誰も仙台名物だと思っていなかった牛たん。味の牛たん喜助さんが「仙台名物」を謳った当初は、地元の人たちからの抵抗もあったそうです。当時は牛たんをゲテモノのようにとらえる人も少なくなかったようで、「なぜ牛たんが仙台名物なのか」と言われたこともあっ
たそうです。しかし、その美味しさは間違いない。火付け役者である味の牛たん喜助さんは様々な方法で牛たんを広めていきます。

東北新幹線開通とともに

昭和55年に味の牛たん喜助 駅前店を開業し、駅を利用する人たちに対して「牛たんって、仙台名物なんだ…」と思わせる戦略を打ったそうなのですが、なんとこの時期は東北新幹線の開通時期と一致します。東北新幹線は昭和57年に大宮駅 – 盛岡駅間が開通し、関東圏に住む多くの人が仙台を訪れたらしいのですが、このタイミングで爆発的に牛たんの認知度が広がることに。また、当時の会長は親交が広く、芸能界の人たちに呼びかけて牛たんを食べてもらい、どんどん拡散していったというお話も…。 

こうして「仙台名物牛たん」は生まれた

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初めは地元に馴染みない牛たんでしたが、 こうして徐々に名物として認知され、「仙台名物牛たん」が誕生したのです。今ではもはや常識となりました。しかしながら、この常識が生まれる背景には、多くの方々の努力が隠れていたりします。こんなエピソードを知ってから牛たんを食べると、また違った味わいになるかも知れません。

【通販】味・量・厚さを自由に選べる!?オーダーメイド生牛たんの販売を開始

さて、そんな味の牛たん喜助さん、通信販売にて生牛たんを好きな味・厚さ・量で注文できるサービスをはじめたみたいです。通販ページはこちらから。

…しお、たれ、みその3種類を選択可能

厚さ…5、10、12mmの3種類を選択可能。

…400g、700g、1kgの3種類を選択可能。

厚さ12mm規格は通常商品にはない極厚サイズ。

選択肢によりますが、価格は税込7,344円〜19,116円(税込)の間。自宅で滅多に食べることができないの牛たんを、好きな味、厚さ、量で食べられるなんて夢のような話ですね。自分へのご褒美や大切な人へのギフトなどにぜひご利用くださいませ!

生牛たんはこちらから!

ライター後書き

みなさまいかがでしたでしょうか?仙台名物牛たんのルーツ、なかなか聞けない貴重なお話を記事にさせていただきました。今でこそ、仙台駅に行くと「牛たん」「仙台名物牛たん」「老舗牛たん屋」など、様々な看板が並んでいますし、ネットで[仙台 名物]と検索すれば[牛たん]はほぼ100%の確率で出てきます。 今、このことは私たちにとって”当たり前”のことです。しかしながら、”当たり前”が”当たり前”ではなかった時代もある訳で、私たちはこれまで多くの人たちが作り上げてきた歴史の中で生きています。

今回取り上げた「牛たん」は、私たちにとってただの”食べ物”かもしれません。しかしながら、その”食べ物”は元々”食べ物”として認知されていなかった時代もあり、その美味しさに気付いた味の牛たん喜助さんのような方々が「美味しいものを食べてほしい」という想いで今の時代に繋いできてくれた”食べ物”なのです。そんな歴史のおかげで、今私たちは楽しく生きていくことができます。そんな「今まで」に対する感謝の気持ちを忘れず、そして「今」と精一杯向き合い、「これから」を創り上げていくことがいかに大切なことなのか…そんなことまでみなさんに伝わればいいなと思い今回記事を起こさせていただきました。

最後になりますが、今回取材をさせていただきました味の牛たん喜助(株式会社喜助 / 株式会社キスケフーズ)のみなさま、お忙しい中貴重な時間をいただきまして、誠にありがとうございました。

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